用例:「3年前に候補者男女均等法が施行されて初の衆院選だったが、女性候補の割合は17・7%と、前回とほとんど変わらず、目標には程遠かった。一昨年の参院選でも、女性候補は全体の28%にとどまった。均等法の形骸化は否めない。  女性の当選者の内訳は、小選挙区24人、比例区21人。政党別では、自民党が20人と最も多いが、同党の当選者に占める割合は7・7%に過ぎない。そもそも、候補者段階の女性比率が9・8%と1割に満たなかった。」



entstehen; entspringen


etwas versichern; eine Versicherung abschließen


bis zu, an die (mit Mengenangaben, Daijisen 4)


用例:「ちなみに、植民地支配に対して、世界的に見て謝罪や賠償を行った例は、日本を例外としてほとんどない。ドイツも、ドイツ領南西アフリカ(現在のナミビア共和国)などでの植民地支配は、「過去の克服」の対象とはされず、ナミビアから要求されているものの、明確な謝罪や賠償が十分なされているとはいえない。ドイツの「過去の克服」が、ヨーロッパ中心主義と称される所以である。」ー庄司潤一郎 (2018年)


用例:「歴史戦」とは何だろうか。それは、日本の右派が「慰安婦」問題などについて、歴史修正主義のメッセージを海外に向けて発信する動きのことで、第二次安倍政権以降に本格化した。 そもそも「歴史戦」という言葉を広めたのは、2014年4月に開始された産経新聞の連載「歴史戦」だった。特に2014年の夏に「慰安婦」問題をめぐり朝日新聞へのバッシングが激しくなると、右派は日本では勝利を収めたと認識した。 そして「慰安婦」の像や碑の設置が相次いだことなどから、右派が「歴史戦」の「主戦場」と位置付けたアメリカなど、海外に向けた英語での情報発信に熱心に取り組み始めた。この頃から右派は、日本語の書籍の英訳版や、自費出版の英文書籍、英文パンフレットを海外の研究者に向けて送付するという活動を盛んに行うようになった。だが、私にも送られてきた書籍や資料は学術色はなく、歴史修正主義や嫌韓メッセージに溢れた一般書やパンフレットだった。」ー山口智美


用例:「「お前、押しただろう」。昨年9月、仕事帰りの午後7時半ごろ、自宅近くの地下鉄の最寄り駅で降りた。すると、出口をふさぐようにたむろしていた8人ぐらいの若い黒人の男女に絡まれた。触れてもいなかったはずだが、一方的に殴られた。「頭が真っ白になった。何が何だかわからなかった」地上に出て逃げても、追いかけて暴行を加えてきた。人の多い公園に逃げたが激しく殴打され、ようやく通行人が警察に通報し、犯人は立ち去った。暴行の途中、「チャイニーズ」や「アジア人」という言葉が飛び交ったのを覚えている。ようやく警察が到着すると、真っ先に「ヘイトクライムだ」と訴えた。新型コロナを持ち込んだなどとして、アジア人へのヘイトクライムが報じられることが増えていった時期だった。「アジア人というだけの理由で殴りかかってくる人が本当にいるなんて。しかも多くの人種が住み、最もリベラルとされるニューヨークで。本当にショックだった」」ー海野雅威


NHK sagt folgendes: 「さびしい」には、大きく分けて2つの意味があります。1 いるはずの人・あるはずの物がなくて満たされない気持である。(=情緒的)「さびしい毎日」「懐がさびしい」2 人の気配がなくひっそりしている。(=客観的)「さびしい山道」「さびしい村」「さびしい」はこの両方の場合に使えるのに対して、「さみしい」は情緒的な(1)の場合には使えても、客観的な(2)ではやや使いにくいようです。このことばの使い分けに迷ったときには、たいていはどちらを使ってもかまわないけれども、「山道・村」のように「ひっそりした」と形容することも可能な場合には、「さみしい」を使わずに「さびしい」を使っておいた方が無難だ、ということになるでしょう。Dementsprechend passt hier beim Eintrag "verlassen, allein", der Rest aber nicht.


en.wiktionary.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%BD%A2 führt auch hier den Akzent [2], mit Verweis auf NHK日本語発音アクセント辞典(1998)


naru ist ein passiver Vorgang, "wieder herstellen / in Ordnung bringen" aber eine aktive Handlung mit suru


In einem Aufsatz von 丹下健三(『現代日本において近代建築をいかに理解するか』)aus dem Jahr 1955 findet sich die Schreibung 「ピロッティ」。



Was ist denn ein Feldgrat?


用例:「伝統主義者ほど伝統について見当ちがいしているものはないでしょう。古いものをカサにきて、現実を侮辱するなんて、これくらい非伝統的であり、人間として卑怯なことはありません。」ー岡本太郎


die jetzige Übersetzung ist nicht gut. Eine Stufe in der Uni-Hierarchie, ungefähr Hochschuldozent (?)


Auszeichnungsproblem


auch kurz für das V-Zeichen


Riffelung (Münze) wohl auch ギザ.


Auch: umzäunter Bereich


wohl auch der Münzrand


auch Nachname


Anwaltsexamen; Zulassungsprüfung als Anwalt ; juristische Prüfung. "Staatsexamen" scheint für Deutschland zu gelten


事実婚 | Schrägstrichehe


zu [5] auffordern, bitten


Gegenteil vs 旧


niederlassen, auch "sich hinhocken"


[2] sich etw. leisten können


無差別刺傷 - wahllose [Messer]stiche. Also auch der Stich


zu [2] Langweiler. Daijisen dagegen neutral: unbeliebte Person


Ich glaube hier fehlt ein Komma, oder die Endung für das Partizip.


みたて‐え[‥ヱ] 【見立絵】:題材を史実や伝説・物語に採りながら、時代を超越して、当世の衣装・風俗とした浮世絵。 *東京風俗志〔1899~1902〕〈平出鏗二郎〉上・四・祭礼「武者絵、景色絵、見立絵(ミタテヱ)、地口絵(ぢぐちゑ)などの懸行燈をかけ


Zu ergänzen bliebe neben der Literatur dann aber noch die Malerei: 見立絵


zum Kommentar: kommt aus der vormodernen Ästhetik. (7)あるものを、それと共通点のある別のものだとして取り扱うこと。別のものになぞらえること。とりなすこと。 *評判記・難波立聞昔語〔1686〕花井才次郎「取なり初心にして町人の若衆とはよきみ立なり」 *滑稽本・浮世床〔1813~23〕二・下「チト迂遠ながらも詩人の準擬(ミタテ)には最だナ」 (8)俳諧で、あるものを他のものになぞらえる作りかた。また、比喩仕立ての句。 *俳諧・毛吹草〔1638〕一「見たて 川岸の洞は蛍の瓦燈かな」 *俳諧・常盤屋の句合〔1680〕一九番「ひとりねに打こけて、あぢきなきさましたる、見立新敷感多し」 aus dem 日本国語大辞典 (nicht-精選版)


Zusätzliche Übersetzung als: GRAMM. "Numerus m; Anzahl f"


[2] Gegensatz (man bedenke, dass 者 sich nicht ausschließlich auf Personen bezieht, sondern auch die Funktion eines Substantivsuffixes einnehmen kann; so meint bspw. 絶対者 das Absolute) 用例:「対立者は実は一つの精神の中に強烈に同在する。芸術家はこの矛盾にたえなければならないのである。」ー岡本太郎:「芸術観―アヴァンギャルド宣言」(1949)


誤字訂正:»Weltkriege« →»Weltkrieg«


de, auch eine Kritik an dem eurozentristischen Anspruch des Begriffs »Weltkriege« für ein sich überwiegend auf europäische Geschehnisse beziehendes Phänomen sehen. Gerade deswegen lässt der Begriff nicht nur an den Ultranationalismus der Kriegszeit denken, sondern findet sich auch in Quellen von Japanern (wie z. B. Okamoto Tarōs 「芸術観―アヴァンギャルド宣言」(1949)), die eine äußerst kritische Distanz zu dieser Zeit einnahmen.


Der Begriff 「欧州大戦」wird im 日本国語大辞典 (精選版) zwar als Synonym für 「第一次世界大戦」aufgeführt, doch gibt es auch die Begriffe 「第一次欧州大戦」und 「第二次欧州大戦」, woraus hervorgeht, dass man die Bedeutung von 欧州大戦 nicht auf den Ersten Weltkrieg reduzieren darf. Vielmehr kann der Begriff als Einladung verstanden werden, ihn wortwörtlich zu verstehen: Europäischer Großkrieg. Da Europa Hauptschauplatz war, kann man in diesem Begriff, der in Japan zwar vor allem (jedoch nicht nur) zur Zeit des Großjapanischen Kaiserreichs verwendet wur


klar wie Klosbrühe